日本語副詞「ちょっと」における多義性と機能

昼ゼミの石川です。
私は岡本佐智子・斉藤シゲミの論文、日本語副詞「ちょっと」における多義性と機能を要約しました。内容は以下の通りです。

日本語を母語としない人々が日本語学習途上で日本人とコミュニケーションするとき、ことばの意味解釈から様々なすれ違いが生まれることがある。なかでも日本語学習に平易であると思われがちな「ちょっと」は文脈によってその意味が異なるため、誤解を招きやすい。
a. 生徒:先生、この問題わからないんです。
先生:どれどれ、うーん。ちょっと考えさせて。
b. 上司:この縁談、どうかね。
部下:ちょっと考えて下さい。
Aの「ちょっと」は考える時間が短い意味だが、bの質問は短い時間で結論が出ると思えず、上司の思惑どおりの即答ができないため、「考えさせて」という要求を柔らかく提示したり、場合によっては婉曲に断っていると考えられる。aの場合は「ちょっと」のほうにプロミネンスがあり、bの場合は「考えさせて」のほうにプロミネンスがあることが多い。また、「ちょっと考えさせて」を使って断る場合は、「ちょっと」と「考えさせてください」の間にポーズが入ることもある。
 このように実際のコミュニケーションでは話し手と聞き手との関係だけでなく、発話者のプロミネンス、パラ言語、表情などの非言語メッセージを含めて多方面から意味を判断していかねばならないのである。
f.この問題は、君にはちょっと難しいかもしれない。(『現代副詞用法辞典』)
g.一度の会議で結論を出すのは、ちょっと難しいだろう。(『副詞の用法分離』)
h.この問題は君にはちょっと難しすぎるんじゃないかな。(『日本語文型辞典』)
i.この問題は、君にはちょっと難しい。
j.一度の会議で結論を出すのは、ちょっと難しい。
k.この問題は君にはちょっと難しすぎる。
「ちょっと」のコミュニケーション機能を筆者らでまとめると、
① 依頼や、希求、提示行為の負担をやわらげる。
② 否定的内容の前置き
③ 断りを受けやすくする
④ 呼びかけ
⑤ とがめ
⑥ 間つなぎ
の6つになる。これらのコミュニケーション機能を支えているのは「ちょっと」の意味根幹である「少し」を用いることによって、文内容を軽減し、婉曲的な表現にすりかえられる働きがあることであろう。これはポライトネスの視点から、岡本ら(2003)が述べているように「ちょっと」には聞き手と話し手の双方のフェイスを守るコミュニケーション機能があることと重なる。第1番目にあげた依頼や提示など相手に行為を求めるときに、その行為の負担をやわらげる機能は、「~てください」「~てくれ」「~てほしい」「~てもらえないか」などのように聞き手の意志を尋ねる形式に「ちょっと」を用いることで、相手に求める行為に軽くさせ、受け入れの寛容さに働きかける。すなわち「ちょっと」のやわらげ効果によって相手がその行為を受け入れやすくなるのである。
 2番目にあげた否定的内容の前置き昨日は、「ちょっと」否定的な内容のマイナス度を小さくする枕ことばとなる。マイナスイメージの表現は、重大ではないが不利益なこと・不都合なことなど利害関係が起こる可能性がある場合、「ちょっと」を置くことによって、あとに続く否定的な内容を暗示させ、聞き手にその負の内容を受け止める心の準備を与えたり、話し手の心理的な負担を弱めたりする働きになる。
 3番目の断りを受けやすくさせる機能は、「(日曜日は)ちょっと..。」といい差し、重要な述部を省略してしまう表現形式をとり、話し手が相手の期待にそえず申し訳ないという意味を創り出す。同時に、言いにくい述部を聞き手に察してもらう方法をとることで、話し手の意思決定に聞き手を参加させ、共同作業の会話に引き込みながら断りの了解を得ることができるである。
 4番目にあげた呼びかけの機能については芳賀(1996)は「すみません」とか「待ってください」といった後続の表現が省略されたものだろうと指摘しているが、「ちょっと」自体に感動詞として、注意を喚起する働きがあるとみるべきだろう。ただし「ちょっとこれは何ですか、スープに虫が入ってますよ」のように、相手が目の前にいる場合は抗議など感情を示す目的も含まれるだろう。
 5番目のとがめの機能は、周(1994)が自分の利益を聞き手によって損なわれたと思った時「ちょっと」を用いることでその不満、怒りを表出できると述べているように、「ちょっと」にプロミネネンスを置くことにより話し手の不満や怒り、威嚇、訪問、抗議などの感情を強めることができる。
 そして、6番目の間つなぎの機能には「あの、そのう、ちょっと、こう、なんて言ったらいいのか」のように、言いよどみを埋める間投詞の働きがあり、沈黙を回避しようとしているのであり、「ちょっと」自体に意味はない。
 以上、6つのコミュニケーション機能に整理してみると「ちょっと」が本来の意味である「物理的な量の少なさ」「程度が低いこと」「程度が高いこと」から派生して、聞き手への気配りを押し出しながら、話し手の責任を回避する役割があることがわかる。
 昨日の提示順も①から⑥へ移行していくと、学習者は理解しやすいのではないだろうか。
川崎(1989)がいうように「ちょっと」は会話の人間関係において滑稽油的役割を果たしているものであるが、頻用すると機能が拡散し、むしろ弊害となることなどにも留意する必要がある。
 多様性をもつ「ちょっと」は、教師は教科書に沿って、依頼の場合は「ちょっと」を棒入する。断る場合は「~はちょっと..。」の形で言いさし表現にする際、「ちょっと」の意味用法を関連づけずに限られた文脈での意味用法を教えているのが一般的である。「ちょっと」を適切に解釈するには話し手と聞き手の関係をはじめ、各意味用法・昨日の違いが明確になるような場面設定をできるだけ多く提示することが重要であることを用確認できた。