副詞「ちょっと」の文脈的役割

こんばんは。昼ゼミ2年の河野です。

先日大学でワクチンの1回目を打っていただいたのですが、そのとき先生に言われたひとこと。

「君、皮膚固いねえ。」

筋肉ではなく皮膚と言われました。じわじわ気にかかってます。早めの老いは皮膚からもう来ているのではなかろうかと。2回目は、皮膚柔らかいねって言われて早くたまたまだったと思いたい今日この頃です。

さて、今回は以下の論文を要約しました

秋田恵美子(2005)「現代日本語の『ちょっと』について」『創価大学別科紀要』17号  ,17-89 創価大学別科日本語研修課程

【本論文の概要】

 本論文では、日本語学習者である留学生から「ちょっと」の使い方が難しいとの声を受けた筆者が、現代日本語における「ちょっと」の使われ方として、程度副詞の「少量」表す表現の他に、現実場面では自分の行為の大きさの軽減や聞き手の負担の軽減といった本来の文法的意味とは異なる用法の存在を挙げている。筆者は本稿を通し、この後者の用法を分析し論じている。本論文で行われている分析のポイントは以下の通りである。

(1)現実場面と文法的意味の差

(2)聞き手の負担の軽減

【詳細】

(1)現実場面と文法的意味の差

 ここでは「ちょっと」が状態性の無い語、とくに話し手自身の行為を表す動詞にかかる用例を取り上げている。以下の例文は、昼食時の休憩時間に、最近駅にホームレスが増えたという話をしている場面である。

A あそこねー、もう占拠されてる。

B ほんとにー。

Aうーん、朝ちょっと通ったらねー。

B ふーん。最近増えたのかなあ、あたし、最近あのへん行ってないな。

筆者は、この場合の「ちょっと通ったら」の「ちょっと」は、程度としての「少量」、すなわち「短時間」の意味よりも、「ちょっと」を付けることによってAが自分からわざわざ見に行った訳ではない、「偶然」、「ついでに」などの発話意図の方が強く現れていると分析している。

 次の例文は、高校教師の元へ相談で尋ねてきた生徒の発話である。

[苗字]先生いらっしゃいますか。

<中略>

 あのー、ちょっとそこまで用事があって来て、そうだ、今日はー、多分もうー、静かだろうって、学校が。

筆者は、ここでの「ちょっと」は、聞き手に対し、出向いてきた自分の行為が大袈裟に響かないようにする発話意図があると分析した。

 以上のことから、現実場面では、「ちょっと」がその直後の語に対し程度副詞として働かず、発話される自分の行為の大きさや重要性を下げるために使われることがあると筆者は論じている。

(2)聞き手の負担の軽減

以下、本論文で挙げられた例文のうち3つを抜粋した。

・[苗字]さん、ちょっと来て。

・先生はーあっちの方、ちょっと見てみて。

・ちょっと待ってください。

これらの例文における「ちょっと」は、その直後の「来て」、「見てみて」、「待って」という話し手の要望自体を程度副詞の「少量」の意味をもって修飾していないと筆者は分析している。ここでの「ちょっと」は、それ自体が時間的長さが短いことを意味しておらず、聞き手の負担を軽減し、つまり自分の行為が大きいものではないという意味を示す配慮の発話意図があると論じている。

【結論】

 本稿では、このように実際には現実の程度が小さくない事に対し「ちょっと」が使われるのは、「ちょっと」が程度副詞としてはたらくことを経由して、その結果自分の行為の大きさの軽減、聞き手の負担の軽減などとして半ば無意識的に使用されるに至っていると筆者は結論づけている。

私はこれまで「ちょっと」の程度副詞としての用法ばかりに着目していたのですが、文脈的意味の中での「ちょっと」には、会話の潤滑剤や緩衝材といった役割を担う「無意識的に」発話される「ちょっと」の存在にも関心が湧き、今回この論文をレビューさせていただきました。本論文を通して、このような役割の「ちょっと」がいかに私たちの身近で発話者同士の衝突を避け、会話を円滑にしてくれているかを実感すると同時に、その構造について具体的に考えることが出来ました。