字義的意味と推論 : 関連性理論をめぐって

 みなさんこんにちは、昼ゼミ2年の佐藤です。期限間近での提出になってしまいご迷惑をお掛けします。
 今年は成人式があったこともあり長く帰省していたのですが、どうやら高校での訛り(津軽弁)と地元の訛り(下北弁)のうち、後者がすっかり抜けてしまっているようで、さみしい気持ちになりました…青森県の訛りは大きく分けて3つあり、それぞれ全然違うので、青森弁って言わないでくださいね!
 さて、今回は以下の論文を紹介します。

國分俊宏「字義的意味と推論 : 関連性理論をめぐって」『文化情報学 : 駿河台大学文化情報学部紀要』14(1), 1-18, 2007-06  駿河台大学

 この論文では、関連性理論の軸となっている「字義的意味」と「推論」、またその解釈メカニズムである「コード解釈」と「推論モデル」という二層構造の捉え方が抱える限界を示し、意味と意図とは独立しておらず、ひとつの融合体として考えるべきであると論じています。

 まず、スペルベルとウィルソンの関連性理論について簡単にまとめます。

(1)A「コーヒーをお飲みになりますか。」

  B「コーヒーを飲むと眠れなくなるんです。」

 (1)Aの発話の意味として、コーヒーを飲むと眠れなくなるという「字義通りの意味」と、コーヒーはいらないという「発話の意図」のふたつが考えられます。しかしこの発言が前者ではなく後者の意味であるとすぐさま理解できるのは、質問の答えである以上Bの発話はAの発話に関連していると、無意識のうちに理解しているからです。
 このときAは

(2)<コーヒーを飲むと眠れなくなる>→<もうすぐ寝る時間であり、眠れなくなるのは困る>→<コーヒーは飲みたくない>

という「推論」を行っていることになります。よって、発話解釈において「推論」はもっとも重要なものであると、関連性理論では主張されています。
 また、「コーヒーを飲むと眠れなくなる」という文が「コーヒーの申し出を断る」という意味を内包しているわけではなく、言語体系上はあくまで「コーヒーを飲むと眠れなくなる」という意味以上にはなりえません。よって、メッセージのコード化とその解読という段階においてはあくまで「字義通りの意味」の復元だけを行い、そこから先の意味は「推論」によって導き出されていて、この二つの異なる伝達の仕組みによって言語伝達が行われるのだとスペルベルとウィルソンは述べています。

 國分はこの「字義通りの意味」の不確定性について指摘しています。
 字義的意味を決定することが不可能な文章(國分は「すごい人だね」という例文を挙げ、ある一人の人物がすごいのか、大勢の人出を指しているのか、またそのほかなのか不明であるとしています)が存在する以上、ひとつの意味に確定できない「字義通りの意味」という考え方はうまく作用せず、言葉の意味は徹底して文脈依存的であると述べています。
 スペルベルとウィルソンも、「コード解読」には必ず「推論」が必要であると述べていましたが、あくまでそれはコミュニケーション上での場合であり、二人は言語体系には中立的なコードが存在し、中立的な言葉の意味は必ず定まるという立場をとっています。
 しかし、國分はあくまで「文脈依存的でないニュートラルな言語体系、言語的意味」を一歳認めないとしており、この点においてスペルベル・ウィルソンと大きく異なっています。
 表面的には両義的解釈が起こりえないような文章においても、その理解は慣習という文脈に基づいているということが、その言語のネイティブならしないような解釈で翻訳がなされる場合があるという例とあわせて述べられています。

 また、「推論」についてもその解釈に疑問を投げかけています。
 國分は「推論」とは言語形式そのものに潜む論理性の別名で、しかもそれを言語化することはできないとしています。(2)のような推論の構築は可能ですが、実際の言語使用上においてはあくまで「推論」とは言葉にはならない「直観」的なもの、もしくは言葉そのものである「論理的形式」自体であるということです。
 つまり、「推論」とは頭の中で考えるものではなく、ほとんどコンテクストそのものの中に畳みこまれているようなもので、言葉の形式と別に「推論」が存在しているわけではなのだと論じています。
 
 全体を通して國分は「字義的意味」と「推論」という従来の関係性理論を支えてきた二層構造に対する批判的考察を行っています。言葉の意味はそのつど、その文脈において決定されており、しかもその理解には非言語的局面が潜んでいるという考え方が興味深いです。
 今回この論文を読み、関連性理論自体についても見識を深める必要性に気付かされました。言葉に二重の意味があるという視点とメタファーとの関連性について引き続き考察していこうと思います。

引用文献
D.Sperber & D.Wilson  1995, Relevance:Communication and Cognition. Second Edition. Blackwell.(内田聖  二ほか訳 1999『関連性理論‐ 伝達と認知‐』研究社)