「日本における「言語コード論」の実証的検証:小学校入学時に言語的格差は存在するか」

こんにちは。夜ゼミ3年の小野寺です。提出大変遅くなり、申し訳ありません。今日は以下の論文を報告したいと思います。

前馬優策(2011)「日本における「言語コード論」の実証的検証:小学校入学時に言語的格差は存在するか」『教育社会学研究 88』pp.229-250

 この論文では、バースティンの唱えた「言語コード論」の視点から、小学校入学時における子どもの言語運用の差異、また、その差異を生み出す要因について考察しています。

 まず、「言語コード論」について説明します。言語コード論は、「なぜ労働者階級の子どもの教育達成度が低いのか」という問題を「言語」という観点から説明しているものです。「限定コード(restricted code)」と「精密コード(elaborated code)」の二つから成っており、それぞれのコードからは異なったタイプの言葉が産出されるとされています。また、限定コードによって発せられる言語は文脈(状況)への依存度が強く、精密コードは弱いとされています。そして、労働者階級の子どもは限定コードによる言語運用を多く行い、中産階級の子どもは精密コードによる言語運用を多く行っていると指摘されています。

 筆者は、異なる言語コードを用いる二つのグループの違いを規定する要因は何か、を分析するため、以下のような調査を行いました。

【調査対象】
 大阪府北部に位置する同一中学校区内の三つの小学校に通う小学校1年生の児童93名。それぞれ、校区に同和地区がある学校から27名(一学年全員)、ほとんどの子どもが公営団地に居住している学校から36名(一学年全員)、新興住宅地の中に立つ学校から30名(5クラス中の1クラス)。

【調査方法】
 はじめに、調査者と子どもが向き合い、調査者が5枚の絵を机の上に順番に並べて掲示する。絵の順番を確認した後、「この絵を見てできるだけたくさんお話してください」と、その後5枚の絵について物語を作るよう促す。「もう準備はいいですか?」という質問の後、子どもが同意してから子どもの発話の録音を開始する。そして、それを文字に起こしたものをデータとして使用する。規制されて表出した言語運用をとらえることで、「限定コード」または「精密コード」を主に用いていると想定される2つのグループへと分類をする。
 なお、日本語は諸外国の言語に比べ、状況依存性の高い言語といわれており、具体的には「主語や格助詞の省略」という形をとって現れやすいと考え、小学1年生の日本語運用において、「主語と格助詞の省略」に注目することが「限定コード/精密コード」の使用をとらえるうえで有効であると判断し、それらの使用実態を中心に検証する。

[事例1]ボールで遊んでる。ボールを投げてる。ボールを、取ろうとしてる。おぼれてる。助けてくれた。
[事例2]ぞうがボールで遊ぼうとしたら、ボールを落として、ぞうがとろうとしたら、ぞうが落ちちゃって、もう一人のぞうが助けてくれた。

 このように子どもたちが作った「物語」を、以下の指標を作り、それに沿って分類しています。
①最初の場面での主語(ぞう)の使用
②最後の場面での主語(ぞう)の使用
③五つの場面で使用された主語の個数
④格助詞の省略回数

上の例にあてはめると、以下のようになります。

[事例1]①主語なし ②主語なし ③主語0 ④格助詞省略0
[事例2]①主語あり ②主語あり ③主語4 ④格助詞省略0

 そして、上記のようにコーディングした四つの指標を基に、91人の子どもを二つのグループへと分類するために階層クラスター分析を行い、主語や格助詞の省略がみられる傾向にあるグループを「限定コードグループ」、もう一方の主語や格助詞の省略が少ないグループを「精密コードグループ」と名付けています。それぞれのグループの人数は、「限定コードグループ」が27人、「精密コードグループ」が64人となりました。
 この結果を受け、調査対象のうち、70.3%が精密コードを有していると想定でき、逆に約30%が精密コードを使用していないことが読み取れる、としています。また、「限定コードグループ」と「精密コードグループ」では、主語の使い方が異なり、言語コードのグループ間の差異を生む要因のひとつである、と筆者は述べています。

 この論文は、他の分析も行っているのですが、今回は私の研究テーマが「日本語の省略」であるため、省略に関連している箇所のみを抽出し、レポートしました。言語の省略について、個人の育った環境と結びつけるという観点がおもしろいと思い、この論文を選びました。しかし、筆者も述べているようにこれはあくまで傾向の話であり、現代における「階級」という概念のあいまいさからも、明確な答えを出すのは難しいのではないかと思います。ただ、小学1年生の段階で、言語使用にすでにこのような差が出ている、という点に関しては非常に興味深い結果であると感じました。今後研究していく中でのなにかヒントになれば、と思います。

参考文献
Bernstein, Basil, 1971 Class, Codes and Control Volumel Theoretical Studies towards a Sociology of Language, Routledge & Kegan Paul.

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