こんにちは、昼ゼミ2年の谷地田です。寒い日が続いておりますが、春休みが目前に迫り少し浮かれ気分です。長い春休みを充実させようといろいろと計画を立てています。さて、今回は夏季課題とテーマを変えて以下の論文を要約しましたので報告したいと思います。
高橋亘,仲内直子,宮地絵美,村上裕加(2007)「日本手話と日本語の構造比較と聾者にわかりやすい日本語の表現」『関西福祉科学大学紀要』第10号, pp75-82.
この論文では、日本語とは独立して聾者の間で発達した自然言語である日本手話が、日本語と異なった言語構造を持つため、日本手話を母語とする先天的聾者の中には日本語の読解能力が不十分になるなどの困難を抱えている人がいる、ということを指摘しています。筆者は日本語と日本手話の言語構造の相違を考察し、特に記号単位の相違、機能化する語の相違、語順の相違を挙げてこの順で議論しています。以下、この順に沿って簡単にまとめます。
まず、日本語と日本手話の記号単位の相違について筆者は、日本語は音声言語としての記号の恣意性をほぼ完全な形で保持しているのに対し、手話単語は物の動きや特徴を形態的に模倣した動作として表現されるため、記号として表象性を強く保持していると考えています。この時筆者は、手話記号が表象性を保持することにより日本語のある意味レベルに対応していると考え、日本語の名詞に対応する内容を表現しようとして述語動詞を含んでしまう手話単語や、動作主体によって手話単語が分離する動詞、動く目的物によって手話単語が分離する動詞、手段方法によって手話単語が分離する動詞、動きの起点や方向を含めた手話単語として表現される動詞、属性主体によって手話単語が分離する属性形容詞などが多くなりますが、日本語の「名詞+助詞+動詞」や「名詞+助詞+形容詞」の形に対応することができるとしています。
次に、日本語と日本手話の機能化する語の相違について論文では、日本語には文の文法的構成のみに重要である助詞、接続詞、助動詞、形式名詞、補助動詞、補助形容詞などの機能語があり、日本語にみられる多くの機能語は手話で明示的に表現されないが、特定の機能語は手話に組み入れられて表現されるとしています。そこで筆者は機能語について、「手話に表現される機能語」、「手話に表現されない機能語」という二分法を生じさせ、このような二分法が聾者の日本語理解に困難を与えているのではないかということを予期しています。
「手話に表現される機能語」の例
否定指標〔ない〕、疑問の意を伝える〔か〕、助動詞〔けれど〕など
「手話に表現されない機能語」の例
条件節の設定をする係り受け〔もし…したら〕、接続助詞〔なので〕など
最後は、日本語と日本手話の語順の相違について考察しています。基本的な語順は日本語も日本手話も、主語・述語、目的語・述語という関係になるが、手話では中心的な単語や言及すべき主体を先に述べた方が分かり易いため、それらを先行させ修飾的な単語はその後に続くという感覚があり、日本語の語順と逆である被修飾語、修飾語の順になると述べており、以下のような具体例を挙げています。
日本語:赤い花が咲く。
日本手話:花が咲く、赤い。
また、筆者は日本手話の疑問詞には、英語のwh-疑問詞に対応して〔誰〕、〔いつ〕、〔どこ〕、〔なぜ〕、〔どのように〕などがあるが、〔どこ〕、〔なぜ〕、〔どのように〕は一単語ではなく〔場所〕〔何〕、〔理由〕〔何〕、〔方法〕〔何〕のように二単語で表現すると指摘しています。また、これらの日本手話の疑問詞は英語の関係詞に似た用法があるとして以下のような具体例を挙げています。
日本語の場合:去年の夏北海道へ行った。
日本手話の場合:北海道へ行った、いつ、去年の夏。
筆者は、思考の手段や認知の根幹が日本手話によって培われている聾者は、日本語使用や日本語理解にも日本手話が影響しているため、以上のような日本語と日本手話の言語構造の違いが聾者の日本語読解能力などに困難を与えていると指摘しています。
今回の冬季課題は夏季課題とテーマを変えました。夏季課題のテーマである「略語について」も面白かったのですが、私の特技でもあり一番興味のある手話という言語についてより深く学びたいと思いこのような論文を読みました。普段、手話での会話で文法をいちいち意識して話すことはなかったのですが、この論文には日本語と日本手話の文法の違いが的確に書かれており、そう言われてみれば確かに日本語の文法と違うな、という気づきが沢山ありました。そこで今後は、日本語と日本手話はどうしてこのように言語構造が異なっているのか、その差を埋めるためにはどのような聾教育が必要なのか、などということも考えることができそうです。
引用文献
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