こんばんは。昼ゼミ2年の野津です。寒暖差が激しい日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回私が紹介する論文は、伊藤奈津美(2012) 「動詞の丁寧体否定形式 ”ません””ないです”-ポライトネス理論からの検討-」 『鈴鹿国際大学紀要』No.19 pp.65-79です。
筆者は、現代日本語にある動詞の丁寧体否定形式として規範とされる「〇〇ません」と、規範からはずれた形式とされる「〇〇ないです」の2形式について、「〇〇ないです」には話し手が聞き手に示す”familiarity”(=話者が相手に対して、好意や親密さを示す、あるいはそれらを示しているようにみせる機能)があるとし、反対に「〇〇ません」はもともと備わっていた話者と相手との心理的距離を遠ざけるという機能があるという仮説を立てています。また筆者は、丁寧体否定形式を扱った先行研究について、福島・上原(2001)、小林(2005)、野田(2004)を挙げ、これらには「ないです」の使用状況、使用場面での改まり度への言及はあるものの、”否定”に対する差異や具体的な2形式の機能が明らかでないこと、またBrown&Levinson(1987)における、日本語では1つの発話において1つのポライトネス・ストラテジーを適用するという研究に問題があると主張しています。
そこで筆者は2形式を使用する際の話者の意識に着目し、「〇〇ません」および「〇〇ないです」の”否定”に対する差異や、どのような機能があるのかについて調査を行いました。
調査1では、大学3、4年生、および大学院生の日本語母語話者70人を対象に実施されました。(以下調査項目)
・会話の相手別、動詞否定表現の使用状況の調査→会話の相手として先生、先輩、友達、知らない人、客を設定し、会話における否定表現として「〇〇ません」、「〇〇ないです」、「〇〇ない」のうち、どれを選択するかを調査
・会話の中での動詞否定表現形式に対する使用意識を多肢選択方式、複数回答可で調査→選択肢:上品、丁寧、フォーマル、カジュアル、柔らかい感じ、硬い感じ、相手との距離が近い、相手との距離が遠い、その他(記述式)
調査2では、調査1より詳細な場面設定を行い、新たに大学3、4年生の日本語母語話者33人を対象に調査を行いました。(以下調査項目)
・会話の相手として知っている先生2人、知らない人3人を設定し、会話の相手別、状況別、動詞否定表現の使用状況を調査(「〇〇あません」と「〇〇ないです」のどちらを使用するか)
・会話の中での動詞否定表現形式に対する使用意識と2形式の相違点(記述式)
これらの調査により、筆者はまず、「〇〇ないです」は丁寧語「です」を用いて、相手のネガティブ・ポライトネスを満足させつつ、話者自らが”familiarity”を示すポジティブ・ポライトネスを用いていることを主張しました。
また、「〇〇ません」と「〇〇ないです」の違いについて
・「〇〇ません」に対する意識調査の回答が「丁寧」、「フォーマル」、「距離が遠い、「硬い」、「冷たい」、「イヤな感じ」であったことや、強い主張や否定の意識があったこと。
・一方で「〇〇ないです」に対する意識調査の回答が「柔らかい」、「優しい」、「親しさ」であったことや、強い主張や否定の意識があったこと。
これらのまとめから、筆者の従来の主張である「〇〇ません」=相手との心理的距離を取るという仮説を裏付けることができたとしています。
しかし、この論文にも書いてある通り、意識には個人差がありますし、実際に「〇〇ないです」の方が丁寧であると感じている調査結果もありました。私が面白いと思った点は、調査方法と、「〇〇ません」、「〇〇ないです」について改めて考えさせられたという点ですが、あらゆる場面を設定し、調査していくことが必要であるとも感じました。