終助詞「よ」「ね」の「語りかけタイプ」と体の動き

 こんにちは、昼ゼミ3年吉田です。提出遅くなってしまい大変申し訳ありません。いよいよ就活生になってしまいました。適度な緊張感を持って過ごしていきたいと思っています。
 今回私は、研究テーマとしている下降調の終助詞「わ」に関連して、終助詞「よ」「ね」をイントネーションの点から着目した論文を読み、これを紹介します。今村和宏『終助詞「よ」「ね」の「語りかけタイプ」と体の動き』(一橋大学『言語文化 48, 37-51, 2011-12-25』)です。

 「ね」は話し手と聞き手の情報・判断の一致、「よ」はその不一致(対立)を前提にするとする見方や、「ね」は話し手が聞き手に判断や意見の共有を確認・要求し、「よ」は話し手が聞き手の知らない(認識が不十分な)情報や判断を提示するという立場などが広く認められています。これが一般的な説明です。しかし、今村はその説明には当てはまらない場合の例文を挙げて、イントネーションに注目しつつそこで用いられる「ね」「よ」の持つ意味について述べています。
 まず、次のような例文が挙げられています。

   (1)A:ケーキ、まだできないんですか。
      B①:もうできています。     B②:(あっ、)もうできていますね↓。
      B③a:もうできていますよ↓。   B③b:もうできていますよ↑。

 B①は標準的な平叙文の下降イントネーションなら単に「もうできている」という内容をありのままに述べているのに対し、B②は質問を受けて探索した結果、「もう焼けている」という事実を発見しそれを聞き手と共有しています。さらに、その情報を言い切りの形で相手に突きつける下降調のB③aに対し、上昇調の「よ」をともなうB③bは同じ情報を相手に差し出して何らかの反応を促しているような余韻を醸し出します。このように1つの客観的事実に対して少なくとも4つの選択肢が挙げられることを考えれば、客観的事実関係が「よ」や「ね」の使用・不使用を決定するわけではないのは明らかであるとし、今村は次のような例文を挙げています。

   (2)A:あの人の考え方、変ですね。
      B:変ですね。まったく理解できません。
   (3)A:あの人の考え方、変ですよ!
      B:変ですね。まったく理解できません。

 例文(2)における「ね」は先に述べた説明のその通りに用いられています。(3)について、ここで想定される文脈は、多くの場合、Bが同意してくれるかどうかわからない状況でA が自分の判断をストレートに相手に知らしめるというものです。その場合、最後に上がるイントネーションの「よ↑」になります。しかし、Bの認識が不十分だと思わなくても、A は「よ」が使える場面が想定できるといいます。その場面とは、認識の内容も度合いも一致しているとわかっていても、それでも自分の考えを相手にぶつけたいと思ったときのことです。その際、下降調の「よ↓」がつきます。あの人の考え方が変だという判断を感情的に言っているのです。このように、話し手の感情の高ぶり等があるとき、意見を共有していても「よ」を使いたくなるとされています。
 なお、今村(2011)によれば、「よ」には「よ→」「よ↑」「よ↓」の三つのイントネーションがあります。「よ→」「よ↑」では、ストレートに自分の意見を差し出す気持ちがあります。また、相手の反応を待つ(促す)ような様子があります。これらに対して下降調の「よ↓」の場合は、相手に言い切りのコメントを差し出すというニュアンスが含まれてきます。また、不満げな様子を含んだり、吐き捨てるような言い方になったりするといいます。
 「ね」にも同様に「ね→」「ね↑」「ね↓」があり、「ね→」は相手の共感を抱え込むような、「ね↑」は相手の意向をしっかり確認するようなニュアンスがあります。そして、「ね↓」は、言い切りの印象を醸し出します。また、「怒っている」とか「不満な感じ」を伴う場合があります。

 このように、この論文では、終助詞「ね」「よ」やそのイントネーションの選択は、話し手の感情に左右される場合があることを述べています。これらは下降調の終助詞「わ」の研究に、大変参考となると考えました。ただしここではニュアンスについて多く述べているので、これを参考に、自分なりに発話意図をしっかり実証できる研究を展開していかなくてはならないと感じました。音調のさまざまな度合いによって聞き手が受ける印象がどのように変化するかを明らかにしていきたいです。

【参考文献】今村和宏(2011)『終助詞「よ」「ね」の「語りかけタイプ」と体の動き』(一橋大学『言語文化 48, 37-51, 2011-12-25』)

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