百科事典的意味とメタファー

 こんばんは、昼ゼミ2年の山下です。先日、本屋でジャケ買いした小説が面白く、上巻を一気に読み終えました。電子本も普通に買うのですが、こういう出会いがあると、やっぱり本屋で紙の本を買うのもいいなと思います。

 今回は、籾山洋介(2010)「百科事典的意味とメタファー」『日本語研究の12章』253-265(明治書院)を要約しました。

 この論文では、認知言語学において広く受け入れられつつある百科事典的意味観について、その妥当性の検証を行っている。筆者は、現代日本語のメタファー表現の適切な説明のためには、「一般性」の程度が完全ではない意味を含む、百科事典的意味に基づく必要があることを明らかにし、百科事典的意味観の妥当性の一端を示している。

●先行研究からみた百科事典的意味観

・「慣習性」「一般性」「内在性」「特徴性」という4つの性質を何らかの程度において満たす要素は百科事典的意味に含まれる(辞書的意味は4つの性質の程度が完全か、完全に近い)

・その要素は、4つの性質を満たす程度によって中心的か周辺的かという段階性がある

(Langacker(1987))

 この稿において、筆者は特に「一般性」の程度(ある語の百科事典的意味を構成する要素が、その語が表すカテゴリーのどれだけの成員に当てはまるかという程度)が完全ではない意味に注目し、中でもカテゴリーの「理想例」と「ステレオタイプ」のみが有する特徴がメタファーの基盤として重要な役割を担うとして、具体例を検証している。

●検証

・「理想例」が有する特徴に基づくと考えられるメタファー

例)「牛丼が吉野家の「四番打者」である」

             (『日本経済新聞』(夕刊)2005年12月6日、日経テレコン)

例文の表現の意味するところは、「吉野家のメニューの中で、牛丼は多くの利益をもたらす、代表的なものである」ということであり、これは「四番打者」の理想例が持つ特徴「そのチームの最も優れた打者」に基づくメタファーである。

・「ステレオタイプ」が有する特徴に基づくと考えられるメタファー

例)「中身が伴っていないのに自分に過剰に期待していた。まだ子どもだった」

        (『中日新聞』2009年8月4日、中日新聞・東京新聞記事データベース)

例文は年齢的には「大人」に相当する人物のものであり、この場合の「子ども」は、「裏づけがないのに(何かが)できると思う、楽観的である」という「子ども」のステレオタイプが持つ特徴の一部に基づいたメタファーである。

上記のように、筆者は、メタファーに基づく表現を説明するためには、百科事典的意味に含まれる「一般性」の程度が完全ではない意味、特にカテゴリーの「理想例」や「ステレオタイプ」が持つ特徴を認める必要があることを示している。

 百科事典的意味観に基づいて分析と考察をしている論文は多いと思いますが、百科事典的意味に含まれる「一般性」の程度が完全ではない意味と、それを基盤としたメタファー表現に注目し、百科事典的意味観の妥当性を改めて検証している点が興味深いです。

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