こんばんは。夜ゼミ3年の谷内果奈です。期限ギリギリで申し訳ありません。何事も余裕をもって取り組む事が大切ですね…。
今回は、私の研究テーマである「前置き表現」について、陳 臻渝(2007)「日本語会話における前置き表現」『言語文化学研究 言語情報編』2号 pp.99-115 大阪府立大学 を要約しました。
1.前置き表現の定義
まず、この論文では、杉戸(1983、1989)と才田他(1983)の先行研究で定義された、“前置き表現はメタ言語表現である”とする前置き表現の捉え方と、前置き表現の内容及び主節との構造上の関わりについて言及されていなかった大塚(1999)の論文、前置き表現の「~んですけど(が)」についての定義のみに留まり、前置き表現とは何かについて明らかにしていない梅岡(2004)の先行研究を疑問視している。
そこで、陳は、前置き表現の仮定義を以下のように設定した。
- 前置き表現は何らかの配慮によって用いられ、主要な言語内容に先立つ。
- ディスコースにおいて、その次にくる主要な言語内容を導入するという機能が基本的な機能である。
- 前置き表現には、次にくる主要な言語内容に対する判断(態度)や認識といった、話し手の主観が含まれている。
- 前置き表現の有無によって、次にくる主要な言語内容の命題・事柄の成り立ちに支障が起きることはない。
2.メタ言語表現の二分化
ここで、陳は、メタ言語表現には前置き表現であるものとそうでないものがあると述べ、才田他(1983)と杉戸・塚田(1991)の先行研究で「メタ言語表現」として一括りにされた次の4つの例文を、前置き表現であるものとそうでないものに二分した。
(1) コンナ夜分オソクニ申し訳アリマセン、緊急ナ用事デスノデ… (杉戸・塚田1991:135)
(2) 私は別に専門家ではないのですが、専門家の間では… (才田他 1983:22)
まず、(1)と(2)の例文は、物理的場面と言語行動の主体に対して注釈する目的で発せられたのではなく、聞き手との対人関係を図りながら、次の主たる言語行動に入るための準備として用いられたものであり、また、「詫び」と「謙遜」という話し手の一種の判断(態度)や認識が読み取れることを陳は指摘している。そして、(1)と(2)の場合は、メタ言語表現とみなされる下線の部分を切り離しても、主要な言語内容の命題・事柄の成り立ちに支障がないと述べている。
(3) レポートハ、A4版ノ用紙二、鉛筆以外ノ筆記用具ヲ使ッテ、郵送デ提出シテクダサイ。(杉戸・塚田1991:137)
(4) シリツ大学、わたくし立の私立ですが、私立大学が集まって… (才田他 1983:24)
一方で、(3)と(4)の例文は、それぞれその後に続く「提出」と前の発話の「シリツ」を注釈しているだけであり、(1)(2)のような、次の言語行動の導入という機能は果たしていない。また、話し手の判断(態度)や認識についての情報は含まれていないことと、下記(3)’と(4)’のようにメタ言語表現の部分を切り離すと、伝達内容の部分損失や伝達内容の理解に支障をきたす場合があることを陳は指摘している。
(3)’レポートは、提出してください。【どのような形式で提出するかは不明だ】
(4)’シリツ大学が集まって…【「私立」なのか「市立」なのかは不明だ】
3.前置き表現の分類
以上を踏まえて、陳はメタ言語表現の前置き表現である部分のみを研究対象とした。
まず、陳は、対人関係に対する配慮を表すもの(聞き手との人間関係を保つための配慮)か、伝達性への配慮を示すもの(いかに効率よく伝達情報を聞き手に伝えるかという配慮)か、という基準を設けて、前置き表現を「対人配慮型」と「伝達性配慮型」の2種類に分けている。
さらに、陳は、自然会話に近いものと考えられる『’92年鑑代表シナリオ集』などのシナリオデータ三冊から前置き表現使用例168例を収集・分析し、前置き表現の下位分類として以下の6つに分類した。
① 対人配慮型―詫び表現
申し訳ないんだけど/すみませんが/悪いんだけど/お話し中ですが/ご苦労だが/
⇒聞き手に詫びることで対人関係に配慮した表現。
② 対人配慮型―理解表明
お気持ちはありがたいんだけど/気持ちはわかるけど
⇒自分に向けられた好意や期待、聞き手の心理や言語行動への理解を示すことによって、聞き手との対人関係に配慮し、すでに構築されている人間関係を崩さないようにした表現。
③ 対人配慮型―謙遜表明
こんなことを言うのは僭越ですけど/私が代わりといってはなんですが
⇒話し手が自分自身について慎ましく言及することにより、聞き手との人間関係を害さないように配慮した表現。
④ 対人配慮型―釈明提示
別にあなたをひどい人だとは思わないけれど/形式的なことですが
⇒自分の言動が聞き手にとっては望ましくないかもしれないと考え、聞き手に不快感を与えてしまうのを避けようと配慮し、聞き手との人間関係の維持を図った表現。
⑤ 伝達性配慮型―話題提示
例の展覧会の話ですが/これからのことなんだけど
⇒話し手が伝達しようとする内容を聞き手に予告して談話の方向性を示し、伝達効果を高める表現。
⑥ 伝達性配慮型―様態提示
簡潔に申しますと/細かく言えば/
⇒次にいかに発話するかということを前もって聞き手に伝え、次の内容について細かく言うか、一口で簡単に言うかという伝達の様態を占めした表現。
また、「あらかじめお断りしておきますが」「はっきり言って」のように、聞き手にとって望ましくない、もしくは受け入れにくいと予想される内容が後続する前置き表現も⑥伝達性配慮型―様態提示に分類されると陳は述べている。「様態提示」し、先に話し手の態度を示すことで後続内容を受け入れやすくするという緩和機能を果たすのである。
そして、緩和機能には聞き手への配慮も含まれているため「対人配慮型」前置き表現ではないか、という点に関しては、配慮を表す機能はあくまでも話し手の態度を表明した上で、その文脈があって働く機能であるため、「様態提示」前置き表現の根本的な性格ではないと主張している。
4.まとめ
本稿で、陳は、メタ言語表現を前置き表現と非前置き表現に二分した上で、上記に挙げた6つの分類モデルを提示した。また、今回は前置き表現の分類のみにとどまったが、各下位分類の前置き表現の言語的特徴やその使い分けについて探っていくことを今後の課題としている。そして、特に中国人学習者に多くみられる前置き表現の間違った使用法をどのように指導し、より容易に前置き表現を習得させるかについても課題とすると結んでいる。
以上です。陳が示した6つの分類の改善点を考慮しつつ、今後の参考にしていきたいと思います。
[参考文献]
才田いずみ・小松紀子・小出慶一(1983)「表現としての注釈―その機能と位置付け―」『日本語教育』52号
杉戸清樹(1983)「待遇表現としての言語行動:注釈という視点」『日本語学』2巻7号
杉戸清樹(1989)「言語行動についてのきまりことば」『日本語学』8巻2号
杉戸清樹・塚田実知代(1991)「言語行動を説明する言語表現―専門的文章の場合―」『国立国語研究所報告103 研究報告集12』国立国語研究所
梅岡巳香(2004)「日本語表現の特徴をさぐる」『昭和女子大学大学院日本文学紀要』15号 昭和女子大学
シナリオ作家協会編『’90年鑑代表シナリオ集』映人社
シナリオ作家協会編『’91年鑑代表シナリオ集』映人社
シナリオ作家協会編『’92年鑑代表シナリオ集』映人社