こんにちは。昼ゼミ2年の菅野です。こたつで寝てしまう日々が続いたため、風邪を引いてしまいました。
まだまだ冬もこれからなので体調管理もしっかりしていきたいです。
さて、今日は以下の論文を読んだので簡単に報告したいと思います。
寺尾康(2006)「言語産出メカニズムの連続性についてー言い間違いからみた言語発達―」静岡県立大学 ことばと文化 9, 115-131,
この論文では日常生活での成人と幼児の特に音韻単位での言い間違いを分析し、この両者の類似点と相違点を明らかにした上で、言い間違いという着眼点から、言葉が実際に口から出るまでの過程、つまり言語産出のモデル構築研究の意味合いについて述べている論文である。
はじめに言い間違いのいくつかのタイプを寺尾は紹介している。
代用 ジャカン カップ (ジャパンカップ) 音韻単位の間違いであり後の音韻の予測
時間で言うと、深夜に時間するのは(電話)語彙単位の間違いで前の語彙の保続
付加 草野均さん司会の司会で(草野均さんの司会で)語彙単位の間違い
欠落 青木となかじ の組(なかじま)音韻単位の間違い
交換 ながせばはない (話せば長い)形態素単位の間違い
混成 しょったい (招待+接待) 語彙単位の間違い
(下線部は誤り、( )内は話者の意図)
この「予測」の間違いというのは、誤りの元となったと考えられる要素が誤りよりも先の未発話の部分にあるものであり、「保続」は源が誤りよりも前の既発話の部分にあるものである。この成人の代表的な間違いのタイプの特徴の多くは幼児の間違いにもみられるという先行研究をもとに、寺尾は幼児の間違いのタイプを挙げている。
代用 マクラ― (マフラー)
付加 キカンシャン (機関車)
削除 トウモ コシ (トウモロコシ)
交換 オカハ (お墓)
混成 ネンコ (ネコ+ニャンコ)
これらの幼児の言い間違いのタイプと成人の言い間違いのタイプを比較しても幼児に独特のタイプというのは観察さらないことがわかる。そして、成人の誤りに観察される諸特徴、例を挙げると(1)誤りが起こっても発音不可能な音連続は生まれない、(2)子音は子音と、母音は母音と、のように同じ資格を持つ要素同士が誤りに関連する(3)誤りが起こっても音節の構造は維持される、などは幼児の言い間違いにもあてはまると寺尾は解釈する。また、タイプ別の間違いの頻度も成人と幼児の両方で代用型が他を圧倒して多く観察されている。以上が成人と幼児の言い間違いの類似点であるとし、寺尾は次に相違点について言及している。幼児特有の言い間違いには次のような幼児音と呼ばれる逸脱が多く観察されているのだ。
- タッチュービン (宅急便)
- コロモ (こども)
- チンカンセン (新幹線)
上のような誤りは先行研究では、幼児の調音器官や調音方法の未発達が原因であるという説と、調音の難易度よりも音韻表象の形成が関与している説もあるが、寺尾はこれらの説のどちらかが正しいにしてもbのような誤りは、発話者である幼児の意図からの逸脱、つまり/do/と言おうとして思わず/ro/と言ってしまった誤りとは考えにくいと述べる。
なぜなら同じ誤りが一定期間繰り返されること、訂正の要求に応じないこと、特定の誤りが多くの幼児に共通していることからも確認されているからだ。さらに、幼児特有の言い間違いとして以下のような例も挙げている。
- スタベッキィ (スパゲッテイ)
- ネリチェチゴン (ねり消しゴム)
こうした誤りは音韻表象が確定していないことと、誤った思い込みの複合要因であるのかもしれないと寺尾は考える。そこで寺尾が相違点として注目すべきであると考えるのは、文脈的代用言い間違いの頻度の少なさである。成人の音韻的代用の誤りの約三分の二(1238例中795例)は文脈的音韻代用と呼ばれる言い間違いであるため次の例を示す。
にっぺんでもスペースシャトルを (にっぽん)
この例では「にっぽん」の「ぽ」が5モーラ先(「えんぴつ」なら4モーラで「にっぽん」なら3モーラというように発音する文字を1モーラという)の「ペ」に代わられてしまった予測型であり、このような言い間違いが幼児では2843例中52例中である。この点は音韻処理過程においての処理の方向性やスパンを反映していると考えられる点で重要であり、このような音韻的代用による言い間違いは誤りが生じた部分とその源と考えられる部分の位置関係を調べることで言語産出のある部分の処理が一度に射程に入れることができたスパンを知ることができるのだと述べる。
この論文で特に興味深いのは音位転倒による言い間違いの考察である。音位転倒による言い間違いを調べている項目に面白い例が挙げられているので紹介したいと思う。
- ツマカシ (つまさき) tu ma sa ki
- アミレカ (アメリカ) a me ri ka
- ドウブツエン (動物園)do o bu tu e N
- ミモジ (もみじ) mo mi zi
- バシフ (しばふ) ba si fu
ここでa. b. の例はそれぞれ子音、母音が交換された文節音単位の誤りでありc. d.はそれぞれの交換された部分の母音部分、子音部分が共通している誤りである。e. の例はモーラ自体を交換していることがはっきりわかる。これらの例をとおして寺尾は音位転倒の起こりやすい距離を調べている。その結果幼児の音位転倒は5モーラ以上の長い語の語中部分が多いことを指摘している。そして幼児の言い間違いに音位転倒が多い理由はこの5モーラ以上に間違いが集中することに関連して、幼児の音韻要素を処理できる容量の大きさが成人と比べて小さく、幼児の処理能力の射程は2モーラ以下だと寺尾は考える。
このような寺尾の考察は音韻代用や音位転倒における興味深い考察だと感じた。音位転倒や音韻代用が何故起こるのか、そのメカニズムや、寺尾の論文に述べられている法則以外にもあるのではないかと考えられる。
引用文献
乾・寺尾・天野・梶川(2003)「発話の縦断的データによる幼児の音韻的誤りの分析」日本発達心理学会第14回大会(神戸市)発表論文