お疲れ様です。昼ゼミ3年の山口です。
前回、「『~てくれる』を含む文も依頼的テモラウ文というの?」という質問を受けて、明確な答えが出せなかったため、今回は「~てもらう」と「~てくれる」の徹底的な比較の導入としてこの論文を取り上げました。
にもつをもってもらいました.– 国立国語研究所; 1987.—
この論文では、やり・もらい表現の3類7種(「~てやる/~てあげる/~てさしあげる」「~てもらう/~ていただく」「~てくれる/~てくださる」)から、代表的な「~てやる」「~てもらう」「~てくれる」の使い分けを、授与者に関する話し手の視点・授受の移動の方向・行為の内容・表現場面・待遇度の視点から考察している。
- 話者の視点と授与者
C<行為の内容>
A B
<行為の与え手> <行為の受け手>
S
<話し手の視点>
この図はS<話し手の視点>により表現法が異なることを表す。つまり、SがA側であれば
[1]AガB二Cヲシテヤル
という表現になり、B側にSの視点があれば、
[2]BガA二/カラCヲシテモラウ
という表現になる。これを踏まえると、「~てやる/~てあげる/~てさしあげる」は、行為の与え手側に話し手の視点がある場合に用い、「~てもらう/~ていただく」は、行為の受け手側に話し手の視点がある場合に用いると分類できる。次に、話し手自身が授与行為の当事者(行為の与え手)である場合は以下の図になる。
C<行為の内容>
S = A B
<話し手><行為の与え手> <行為の受け手>
[3]私ガB二Cヲシテヤル
[4]Bガ私二/カラCヲシテモラウ
[3]と[4]の文では、「私」にはSかAの視点が含まれている。また、話し手自身が授与行為の当事者(行為の受け手)である場合は以下の図になる。
C<行為の内容>
A S = B
<行為の与え手> <話し手><行為の受け手>
[5]Aガ私二Cヲシテクレル
[6]私ガA二/カラCヲシテモラウ
となる。しかし、「私が父を送ってやった」の文のように、受け手が目的語そのものである場合、「父が私を送ってくれた」の文のように、話し手である受け手が行為の目的語となる場合は、二格がヲ格となり、以下の形式となる。
[3]’私ガBをシテヤル
[5]’Aガ私ヲシテクレル
このことから、話し手自身(S)が行為の与え手(A)である場合、表現形式が[1]=[3]、[2]=[4]であることがわかった。だが、話し手が行為の受け手(B)である場合は、与え手の行為の補助動詞は「~テクレル」が用いられる。
- 移動の方向と話し手の意識
M(第三者)=「あの人」
S H
(話し手)=「私」 (聞き手)=「あなた」
テヤル テモラウ テクレル
授受表現の用法には、行為の結果が影響を及ぼす移動方向と、授与者に対する話し手の区分意識が関与しているとし、上の図とともに検討している。
ア.(S→M)
1-a 私はあの人に日本語を教えてやった。
2-b あの人は私に(から)日本語を教えてもらった。
イ.(S→H)
2-a 私はあなたに日本語を教えてやった。
2-b あなたは私に(から)日本語を教えてもらった。
ウ.(H→M)
3-a あなたはあの人に英語を教えてやった。
3-b あの人はあなたに(から)英語を教えてもらった。
エ.(H→S)
4-a 私はあなたに(から)英語を教えてもらった。
4-b あなたは私に英語を教えてくれた。
オ.(M→S)
5-a 私はあの人にフランス語を教えてもらった。
5-b あの人は私にフランス語を教えてくれた。
カ.(M→H)
6-a あなたはあの人に(から)フランス語を教えてもらった。
6-b あの人はあなたにフランス語を教えてくれた。
6-c あの人はあなたにフランス語を教えてやった。
実際に発話場面において、「~テヤル」「~テモラウ」「~テクレル」のどれを用いるかは、話し手が聞き手や話題の人物間の関係をどのようにとらえているか、文脈や話題に応じた話題の設定の仕方をどのようにするかによって決まる。
まとめ
この論文は、「~テクレル」「~テモラウ」の二つの比較として取り上げたが、「~テヤル」も含めて、三項対立の視点からもう一度考えてみる必要があると思った。これまでの研究では、依頼的文脈や指示的内容を含む文において使われていた授受表現を、依頼的テモラウ文や指示的テモラウ文としていたが、この論文でも述べていたように、話し手が行為の受け手である場合は、与え手の行為の補助動詞は「~テクレル」が用いられる。つまり、
「(あなたは)私に日本語を教えてくれる?」のような文のように「~テクレル」は可能である。だが、「(あなたは)私に日本語を教えてもらってもいい?」のような「~テモラウ」との明確な区別がない。依頼的テクレル文としても何ら遜色ないのである。ただ、「あの人に日本語を教えてやってくれ」という依頼的表現は可能であっても、「私に日本語を教えてやってくれ」とは言わない点が面白いと思った。
今後は、前回の発表で述べたように、アンケートの実施や敬語表現も含めた考察、今回取り上げたやりもらいの表現を再考察するなどして研究を進めていきたい。