こんばんは。夜ゼミの中島侯です。三年生就活頑張りましょう。
今回私は以下の論文を要約しました。
市田泰弘(2001)「日本手話の非手指動作の基本タイプについて」『日本手話学会第27回大会予稿集』pp16-19. 日本手話学会
この論文は日本手話において文法的意味をなす非手指動作について考察したものです。非手指動作とは手や指以外の動きで、例えば「うなずき」や「眉上げ」です。例文を挙げると次の文は同じ手話単語で表されます。
(1)日本語1 「雨が降ったら渋滞する」
日本語2 「雨が降ったから渋滞した」
日本手話 〈雨〉+〈渋滞〉
この二つの日本語の違いは非手指動作よって表されます。
(1)日本語1 「雨が降ったら渋滞する」
日本手話1 ↗〈雨〉▼ +〈渋滞〉
日本語2 「雨が降ったから渋滞した」
日本手話2 〈雨〉_▽ +〈渋滞〉
※(↗)→眉上げ、(_▽)→遅れたうなずき
眉を上げながら〈雨〉を手話で表現し、〈雨〉のあとにうなずきを入れます。うなずきを入れることで「雨が降ったら」という条件を解除することができます。日本手話2の順接は〈雨〉を表現したあとに遅れたうなずきをすることにより表されます。
このように日本手話には非手指動作が文を構成する上で大きな役割を果たしています。市田はこのような非手指動作に「4種の基本タイプ」があるとしています。それは「緊張」「弛緩」「制御」「収縮」で、これらは「強弱」と「大小」という二つのパラメーターの組み合わせによって説明できます。「強弱」は「弱」が無標、「強」が有標、「大小」は「大」が無標、「小」が有標で、以下の表で表されます。
非手指動作の基本タイプ
タイプ |
強 |
小 |
Ⅰ |
- |
- |
Ⅱ |
- |
+ |
Ⅲ |
+ |
- |
Ⅳ |
+ |
+ |
ⅠからⅣはそれぞれ「弛緩」「制御」「緊張」「収縮」に相当しますが、この論文ではこれらの特徴に対して先入観や固定観念を持つことを避けるために、身体感覚的な名称を与えずに単にⅠからⅣという番号で呼んでいます。
頭の動きと4種の基本タイプ
非手指動作のうち、あらゆる手話文の節や句に現われて、文法的な標識となる頭の動きには「保持」「うなずき」「あご上げ」「首振り」などがあります。あらゆる非手指動作に共通する4種の基本タイプが存在するということは、例えば「うなずき」には4種類の「うなずき」があるということになります。
文末での保持の解放
文末解放される保持(頭の動きの固定)はその文が平叙文であることを示します。
(2)日本語 「彼はろう者だ」
日本手話 〈ろう者〉+pt3
pt3というのは3人称に対する指差しという意味で、ここでいう「彼」を表します。Ⅰの保持はもっとも普通の文であり、話し手の提供する情報が聞き手にそのまま受け取られることを前提といた述べ方であり「彼はろう者です」となります。Ⅱの保持は聞き手の判断が間違っていると確信していて、その判断の修正を迫るような述べ方であり「(違いますよ)彼はろう者ですよ」という意味になります。Ⅲの保持は断定的な述べ方であり「(間違いなく)彼はろう者ですよ」となります。Ⅳの保持はⅡに似ていますが、一方的な意見の表明であり「(違いますよ、私が思うに)彼はろう者です」となります。
時間差をおいて現われる文末のうなずき
文末の「うなずき」のうち、手話単語の表出後に時間差をおいて現われるうなずきは、相手の注意を引く眉と目の動きと伴って、「同意要求」または確認の文である事を表します。
(3)日本語 「行くよね?」
日本手話 〈行く〉+pt2
Ⅰのうなずきは、聞き手の同意が得られることを前提とした同意要求文「行くよね?」となります。Ⅱのうなずきは、話し手の想定が聞き手の思っていることと同じであるかどうか五分五分であるような状況で使われる「行くんだよね?」という意味になります。Ⅲのうなずきは、話し手の想定が正しいことを認めさせようとするような断定的な述べ方である「(もちろん)行くね?」となります。Ⅳのうなずきは、話し手と聞き手の意見の相違を確認するようは述べ方「(本当に)行くの?」となります。
文末のあご上げ
文末のあご上げは命令文である事を表します。
(4)日本語 「行け」
日本手話 〈行く〉+pt2
Ⅰのあご上げは、話し手の要求が聞き手に当然受け入れられることを前提とした命令である「行けよ」となります。Ⅱのあご上げは、判断を聞き手にゆだねる提案である「行ってみたら?」となります。Ⅲのあご上げは、聞き手が受け入れようが受け入れまいが、とにかく話し手の意見を表明するというような「行けばいいじゃないか」となります。Ⅳのあご上げは、聞き手に対して突き放すような「行けば?」となります。
否定疑問文に対する応答の首振り
首振りにも基本タイプごとに異なる4種の首振りがあります。「田中さんは結婚していないんですか?」に対する首振りによる応答を見てみます。
Ⅰは「田中さんは結婚していない」ことを伝える首振りで、「結婚しているかどうか」についての否定を表しています。Ⅱは「いや、そんなことはない」と質問者の想定を訂正する応答になります。Ⅲは「いいえ、田中さんは結婚していますよ」という質問に対する応答になる。Ⅳは「いや、知りません」や「そんなことは言っていない」というような、質問が自分に向けられたこと自体が間違っているとする応答になります。
以上、日本手話の非手指動作には、異なる非手指動作であっても4種類の基本タイプによって分類できるという論文の要約でした。
参考文献
市田泰弘(2001)「日本手話の非手指動作の基本タイプについて」『日本手話学会第27回大会予稿集』pp16-19. 日本手話学会
岡典栄、赤堀仁美(2011)『文法が基礎からわかる 日本手話のしくみ』 大修館