ジェンダーに関わる表現「女子力」についての考察 ―「女子力」を巡る記述における言語標識を中心に―

 こんばんは。昼ゼミ2年宮澤です。

 今年の夏休みは、高校の友人とシュラスコ(ブラジル料理)に行きました。店員さんが肉を槍みたいなのに刺して、各テーブルを回ってくれるのですが、屈強な男たちばかりで、さっきそこで狩ってきたのかなと変な想像をしてしまいました。

 さて、今回は、

  馬雯雯(2019)「ジェンダーに関わる表現「女子力」についての考察 ―「女子力」を巡る記述における言語標識を中心に―」『ことば』第40巻、pp.90-105、現代日本語研究会

を要約しました。

 この論文は、アンケート調査によって、言語標識、言語表現に焦点を当て、「女子力」がどのように解釈・定義されているかと、男女が使用するときの違いを取り上げ、「女子力」について考察している。

「女子力」:「身だしなみ、言葉遣い、行動、気遣い、香り、スカート、ピンク、清潔感、振る舞い、装い、髪型、ネイル、仕草」

 →「女性らしさ」を行動で表したものといえる。

 →外見に関する内容であるが努力によってつくられていくものである。

「女性らしさ」:「優しい、上品、気遣い・繊細、家庭的、かわいい、愛嬌、色気、美しい、控えめ、男を立てる、明るい、あたたかい、思いやり」高井(2009)

 →人柄、性格、美しさなどの属性的な側面に偏っている。

 筆者は、両者の比較によって、どのように「女子力」が解釈・定義されているかを結論付けた。

<「女子力」とは>

・「女性らしさ」を構築する動的なプロセスを可視化することば

・身に付けることができ、評価される能力の一種

・「女性らしさ」を測定する尺度

・具現化された「女子力」は受け取る側にとって好ましいものや事態

※「女子力」の能力の内容は、家事、料理、裁縫などであった。

※具現化された「女子力」とは、ハンカチ、絆創膏、かわいらしいものなどであった。

<男女が使用するときの違い>(※[言う人→言われる人])

[女性→女性]

「ほめ」の効果のある言葉として使用

[男性→男性]

「冗談としてのほめ」の効果のある言葉として使用

[男性→女性]

「ほめ」の効果のある言葉として使用

 「女子力」は後天的に身に着けられる能力として捉えられているため、女性だけでなく男性に対しても使用される。しかし、元々は女性に対して使うという認識が、男性に対して「女子力」を用いることへの距離感を生み、「冗談」につながっていると考察している。

 同じ言葉でも男女によって、使用するときに、細かなニュアンスに違いが出る点が興味深いと思いました。他の言葉にも、そのような現象があるのではと気になったので、調査したいです。

補助動詞「テモラウ」

こんにちは。夜ゼミ2年の広瀬です。先月に二十歳になりまして、先日高校の友達から誕生日プレゼントをもらいました。ちょっと高そうな蜂蜜でした。大事に食べたいと思います。

今回要約するのは以下の論文です。

山口響史(2015)「補助動詞テモラウの機能拡張」『日本語の研究』第11巻4号 pp.1-17(武蔵野書院)

〇要旨

近世のモラウ・テモラウを観察し、①迷惑を表す用法と➁(サ)セテモラウの成立プロセスを明らかにする。

〇モラウの歴史

 モラウは中古から用例が見られるが、現代語におけるモラウ文の主語が他から何かを「受け取る」という、人称制約を伴う意味とは異なる用例である。

(1)独りむすめをもたれて、人がもらへどもやらいで(狂言,虎明本,上376)

 この例文からは、モラウは「人」や「方々」(モラウ文の主語、三人称)が娘を「乞い求める」もののやらないと解釈できる。

→大局的に見て、「乞い求める」意味から「受け取る」意味へ、話し手が受け取る意味へと変化している。

近世のモラウは以下の2タイプに分けられる

・Aタイプ…主語が与え手に対して「乞い」、対象物を受け取るもの

・Bタイプ…主語が与え手に働きかけず、与え手のどうさの結果対象物を受け取るもの

〇テモラウの歴史

<後接語>

意志・願望表現

・中世末期…80%以上を占める

・近世後期…25%に満たない

→時代を経るにつれて低下している

<受け手の働き方>

中世末期の用例は18例存する。これをA‘タイプとB’タイプの2タイプに分けると、中世末期の用例はすべての用例がA‘タイプの用例である。

・A‘タイプ…主語が事前に事態の参与者に対して働きかけ、事態が生起するもの

・B‘タイプ…主語は事前に事態の参与者に対して働きかけず、与え手を起点として生起した事態の影響を受けるもの

 近世前期からはB‘タイプが見られるようになり、中世末期から近世前期にかけてA’タイプ>A’タイプ+B‘タイプという意味機能の拡張が捉えられる。

<前接語>

他動詞の用例はどの時期も一貫して見られる。一方、自動詞の用例は中世末期には見られず、近世前期から見られ始める。

〇(サ)セテモラウ

 (サ)セテモラウ文の構造について近世後期の例から考えてみると、これらの例は「XハYニ(Zヲ)V(サ)セテモラウ」という構造を持っていることがわかる。そしてテモラウに前接する使役文の構造は「YハXニ(Zヲ)V(サ)セル」となる。

〇私見

 中世末期から近世後期にかけてのへのモラウ・テモラウ文の意味の変化について、大変わかりやすく示されていると感じた。一方で、それぞれデータの元となった書物の数がいくつであるかの判断が難しく、例の数がもう少し多ければ説得力が増すのではないかと考えた。また、要旨には迷惑を表す用法と(サ)セテモラウ文の成立を明らかにするとあったのだが、モラウ・テモラウの歴史や意味の移り変わりについて重点を置いて書かれているように感じた。

日本人の言語感覚

こんにちは。夜ゼミ2年の澤井です。先日、『ONE PIECE』という漫画の100巻が発売されました。私は『ONE PIECE』がとても好きなのですが、作者の尾田栄一郎によるとあと5年で終える予定とのことです。読者としては、20年以上積み上げたすべての伏線を回収して物語を終えるのは5年以内に間に合わないのではないかと思っています。

浅田 孝紀(1992)「「言語感覚」の概念に関する一考察」『人文科教育研究』第19号、101―110

本論文では、「言語感覚」という用語について先行研究を継承しながら、概念や規定をとらえなおすというのが目的とされている。

従来の概念規定

「言語感覚」には二通りの解釈があるようで,一つは「言語についての感覚」すなわち「言語に関して人間が持っている感覚」,もう一つは「言語自体の感覚」すなわち「言語そのものに付随している感覚」ということである。

そして筆者が先行研究から問題として挙げた箇所は以下の3つだ。

①「言語感覚」における「判断」と「評価」

→表現する場合でも理解する場合でも,ある具体的な言語表現に関し、何らかの「認識」また、「感得」をすることが「言語感覚」の働きとして重要なものであると考えられる。

②「能力」としての「言語感覚」

→a.いにしえの奈良の都を思う。

 b.の奈良の都を思う。

aとbの2つの文を比べた時,ある人がaをbより美しいと感じたとする。aの文だけを見て美しいと感じた場合,表面的には1つの表現を見ているだけであるが,実際にはbのような表現との比較が,意識的にせよ無意識的にせよ行われていると見られる。身につけているものがなければ美醜を感じることはできないはずである。このような観点からすれば,「言語感覚」を「能力」と見ることは十分可能である。

③「言語感覚」によって感じる「何か」とは

→「正邪」、「当否」、「美醜(ニュアンス)」について表現また、理解される個別的な言表と、通常の杜会言語体系との間の差異を認識や感得するということがあるわけであるが、それに加えて,個別的な言表相互の差異を認識乃至感得するということをも加える必要性が出てくる。

以上の分析から、言語主体が言語を表現・理解する際,表現・理解される個別的な言表と,その言語主体が属する集団における通常の社会言語体系との間の差異や、個別的な言表相互の差異を,認識・感得する能力と規定した。

自分の意見としては人によって異なる感覚を一概に規定するのは難しいのではないかと思う。しかし、人が言語への意識をどこに向けているのかというのは調査対象として面白いと思う。

「キムタク」愛称語の許容度について

 こんばんは! 夜ゼミ2年の鈴木です。

 夏休みですっかり昼夜逆転してしまい、そろそろ直さないといけないなと思いながら、深夜にこの文章を打っています。

 さて、今回以下の論文を要約しました。

原田龍二(1996)「「キムタク」愛称語の許容度について」『音韻研究 : 理論と実践 : 音韻論研究会創立10周年記念論文集 / 音韻論研究会編』pp.93-94、開拓社

 この論文は、「キムタク」(木村拓哉)のように姓と名の先頭から2モーラの要素を取り出してひとつづきにする愛称語が形成される規則について論じている。

 適当な名簿から抽出した60個のサンプル名をこの愛称語に当てはめ、学生52名に可否を判断してもらった結果から、以下の事実が観察された。

(i) keN,siNのように許容度の高い第2要素が存在し、これを含む場合は許容度の低い第1要素と一緒になっても、全体の許容度をあげる。

例:イトケン (伊藤ケンジ)、ワダシン (和田シンスケ)

(ii) 取り出された2モーラが名前の形態素と一致していると許容度が高い。

例:ヤマケン (山沢ケンジ)

(iii) 第1要素と第2要素の境界で同じ音が連続するものは許容度が低い。

例:イママサ (今井マサヒロ)

(iv) 第2要素の2番目の母音に無声化があるものは許容度が高い。

例:キムタク (第1要素が(ii)に反しているが、第2要素がこれに該当するため許容される)

(v) 許容度には第2要素の性質が大きく影響している。日本語にある種の音声の階層が存在し、それに従って好まれる「語呂」が決まる。また、取り出した2モーラの要素が日本語の形態素の典型と一致すると許容度が高くなる。

(i)で述べたkeN,siNの許容度が高いのは、Nで終わる1音節2モーラの要素が典型的な漢語形態素に該当するからである。また(iv)で述べたものの代表である-ki、-ku、-ti、-tuなども、漢語形態素と一致していることが多い。

 このように「キムタク」のような愛称語形成にはいくつかの規則性がみられたが、全てが守られなくとも一つが従っていれば許容されたり、どの規則に則っているかで許容度が変わったりする。

 自分の意見として、「キムタク」式の愛称語形成において第1要素は(ii)に反していたが、「木村」という姓を持つ人は「キム」という愛称で呼ばれることが多いと感じるため、これらの規則性は他の典型的な愛称形成パターンにも共通するのか否か調べたいと思った。

名前の言語構造

 こんばんは。昼ゼミ2年・名原です。高3の冬に普通自動車免許を取りましたが、公道は怖すぎるので多分まだ10回も乗っていません。「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……。」

 

 こちらは

窪園晴夫(2005)「名前の言語構造」『言語』第34巻第3号、pp.58-65、大修館書店

 を読んでの論文レポートです。

 

概要

 この研究では、英語と日本語における命名の技法の特徴を明らかにする。英語では「頭韻」が重要だが、日本語ではその感覚が分かりにくい。それでは日本語における命名の技法はどのようなものがあるのだろうか。

 

「頭韻」

 英語の命名においては重要な技法。例えばイギリスの小説『ハリー・ポッター』の寮の創設者名にも用いられている。

(1)Godric Gryffindor, Helga Hufflepuff, Rowena Ravenclaw, Salazar Slytherin

 このように、隣接する単語が同じ子音で始まる。頭韻には、リズムを生じさせるという効果がある。なぜ語の初めを統一するのかというと、略語が語の頭を取ったものが多いことや、吃音が単語の初めで生じやすいことから、「初めが肝心」であるからだと筆者は考察する。

 

日本語における頭韻

 頭韻は日本語の場合、リズムを感じにくい。例えば「ゴドリック・グリフィンドール」の語頭の子音が同じであるという感覚は実感しにくい。

 しかし、語頭の子音と母音がセットで同じである場合は実感しやすくなる(例:「ボビー・ボンズ(Bobby Bonds)」)。

→日本語がモーラリズムの言語であるため。

 

日本語の命名の技法

 頭韻は多用されないが、音を利用した造語がある。

  (2)音の類似性を利用した造語

     阿久悠(悪友)、ミノルタ(稔る田)

 音を利用したもの以外では、以下の3つが挙げられる。

  (3)混成語

     破く(破る×裂く)、大田区(大森×蒲田)

  (4)逆さ言葉

     サントリー(鳥居さん)、ジュンク堂(工藤淳)

  (5)複合語短縮

     ジャガイモ(ジャガタラ芋)、経済(経世済民)

感想

 言語の特性によって命名の技法も違うということが、英語と日本語の比較によって明確に説明されていた。この論文では命名においては「頭韻」がリズムを良くすると述べられていたが、例えばラップは「脚韻」で韻を踏むことが多いのではないかと考えた。頭韻と脚韻の効果の違いにも興味が湧いた。

『ドラえもん』のひみつ道具におけるネーミングの法則

こんにちは!夜ゼミ2年の鈴木です。

2か月前のZOZOTOWNでの買い物をツケ払いにしていたことをすっかり忘れていて、危うく滞納するところでした(笑)季節の変わり目は毎年着る服に悩んでいる気がします。

さて今回は、以下の論文を要約しました。

田中良樹(2021)「漫画『ドラえもん』の「ひみつ道具」にみるネーミングの法則ーお菓子にみるネーミングの法則と比較してー」『金沢大学人間社会学域経済学類社会言語学演習 [編]』第16巻pp.71-86金沢大学人間社会学域経済学類社会言語学演習

この論文は日本の児童漫画『ドラえもん』に出てくる「ひみつ道具」のネーミングについて、同じく児童を対象としている「お菓子」のネーミングと比較し、文字種、意味、機能による分類においてどのような違いがみられるのかを検証している。

1.文字種による分類

ひみつ道具(全1600種)の1つあたりの単語数は約2.6個、お菓子(193個)は約3.1個であった。よって、ひみつ道具はお菓子よりもシンプルな構成になっていることが分かる。

 また名称にアルファベットが含まれている数についてはお菓子よりもひみつ道具がかなり少なく、読者の大半が子供であること、縦書きで書かれる漫画の吹き出しとの相性が悪いことが考えられる。一方漢字は1600個も使われており、色や空白などの工夫がしづらい漫画において同音異義語を区別するために漢字を用いていると考えられる。

文字種の組み合わせで一番多いのは「カタカナ+カタカナ」で、「漢字+漢字」はその約3分の1しかなかった。これは漢字のみの構成が堅い印象を与えてしまうこと、児童向けに漢字を避けていることが考えられる。一方で、「人間製造機」や「命令銃」のように、あえて漢字を使用して堅く怖い印象を与えているものもある。

また語頭に来るのは漢字の方が多く、カタカナは英単語を表記する際に使用されることが多く、多様な組み合わせをすることが難しいのだと考えられる。

2.意味、機能による分類

 ひみつ道具、お菓子ともに名称に外見の要素が多く含まれていた。お菓子は顧客が商品名から味や素材を想起しやすくすることで購買意欲を高める狙いがあるといえる。一方のひみつ道具は購買を促す目的ではなく、読者の覚えやすさを重視した結果だと考えられる。またひみつ道具の名前は単体でそのものの効果や機能を断定できない曖昧さを持ち、読者の期待感や想像を膨らます狙いがあると考えられる。

以上のことから、「ひみつ道具」と「お菓子」のネーミングにおける共通点は、少ない単語でシンプルな構成であるということ、相違点としてひみつ道具はアルファベットの使用数が少なく、名前から商品を具体的に伝えようとするお菓子と比べ、読者の想像力を高めるためにその特徴をわかりにくく伝えるネーミングがみられた。

自分の意見として、様々な種類のあるお菓子はその対象も幅広いため、『ドラえもん』との比較は少々難しいように感じた。またお菓子とひみつ道具ともに、誕生した年代や対象とした年齢層、性別等によるネーミングの特徴についても気になった。

概略副詞「ほとんど」について

 こんばんは。夜ゼミ2年米光です。私はサークルに所属しているのですが、夏合宿が中止になりサークルに入ってから一度も合宿ができていない状況がさらに延びてしまいました。また、普段の練習も中止という判断になり、先輩と過ごす時間がさらに減ってしまったため、悲しい夏休みとなりました。

さて、今回は以下の論文を要約しました。

疏 蒲剣(2014)「概略副詞「ほとんど」について」『言語と文化』16、pp.39-56

 この論文は、「ほとんど」に共起できる動詞や形容詞には制限があるため、「ほとんど」と共起する成分の意味特徴を考察したうえで、その用法について論じている。

 「ほとんど」の修飾先によって、その用法を以下の表のように「動作」「状態」「量」という3種類に分類している。このうち、「動作」と「状態」は単数的な事態で、「量」は複数的な事態である。

・「動作」を修飾する用法

「ほとんど」に修飾される「動作」を「変化動詞」と「動作動詞」 の場合を分けて考える。

まず、変化動詞は単独で「ほとんど」 に修飾されうるもの(ex.「諦める」など)と修飾されないもの(ex.「死ぬ」など)がある。動詞単独で修飾されない場合は「~かける」や「~ところだ」などの形をとる必要がある。

 (1) 彼はほとんど{*死ぬ/*死んだ/死にかけた/死ぬところだ}。

これは動詞の意味に段階性があるか否かに関わっているため、次の(2) と(3)では、段階性における「死ぬ」と「諦める」の違いがはっきり見られる。

(2) 彼は{*少し/*半分/*だいぶ/*ほとんど/??完全に}死んだ。

(3) 彼は就職を{少し/半分/だいぶ/ほとんど/完全に}諦めた。

一方、動作動詞は「ほとんど」に修飾される場合、次の(4)のように動作の達成量をいくつかの段階に分けている。

 (4) {この小説/*この俳句}をほとんど読んだ。

・「状態」を修飾する用法

「ほとんど」が状態性述語を修飾する場合について論じる。状態性述語には形容詞、動詞、名詞があるため、順に見ていく。

形容詞の肯定形と否定形が「ほとんど」に修飾されるか否かによって、以下の表のようにA~D 類に分類できる。

次に、動詞の肯定形と否定形が「ほとんど」に修飾されるか否かによって、 以下の表のようにA~D 類に分類できる。

最後に、名詞の肯定形と否定形が「ほとんど」に修飾されるか否かによって、以下の表のようにA~D 類に分類できる。

・「量」を修飾する用法

「ほとんど」は「量」を修飾する場合、名詞的にも副詞的にも用いられる。

〇名詞的用法の場合

次の(5)~(7)では、「ほとんど」が名詞的に使われている。

(5) 乗客のほとんどが「青春 18 きっぷ」利用者だ。

(6) 現代ではほとんどの人は病院で死ぬ。

(7) 個展は東京の方面がほとんどですよ。

これらの構文には、以下の表のような特徴が見られる。

〇副詞的用法の場合

 「ほとんど」が副詞として、「量」を修飾する用法について触れる。次の(8)、(9)では「ほとんど」が動作または状態に関わる数量を限定している。

(8) 化学療法の副作用で、このころには、もう髪の毛はほとんど抜けていました。

(9) 発声と同時に肩を下げるので、そのとき空気をほとんど出してしまう結果となる。

◎これらの用法に共通しているのはある基準値に限りなく近づいているという点であり、この基準値は当該の事態においてはゼロの点あるいは100%の点でなければならない。

・認定の表現を修飾する「ほとんど」

(10) 彼女はほとんど美しいと言ってもいい。

(11) *彼女はほとんど美しい。

(12)「そうでしたか。それで自分が虚偽を申しているのではないことが立証されました」小原はほとんど勝ち誇ったように言った。

(12)のように、「客観」と「主観」を完璧に分けることが難しいものもあるため、(10)のような「ほとんど」を1つの「客観的性格を備えた程度の副詞」として位置づけることは難しい。

認定の表現を修飾する「ほとんど」は、話し手の感情や気持ち、いわゆるモダリティの領域に関わると考えられるが、これは今後の課題として考察したいとしていた。

 私は「ほぼほぼ」という言葉に興味を持ち研究テーマにしたいと考えていたため、「ほとんど」は似ている表現で用法など参考になる部分がとても多いと思った。また、表を用いていて分類が見やすかったのでこの点も参考にしたい。

ポピュラーカルチャーのことば

こんにちは。昼ゼミ2年の田久保です。

今日、自分宛てに届いたハガキに「久保田様」と書かれていました。田久保です。

さて、今回は次の論文を要約しました。短くまとめようとしてみたのですが、なんだか迷走しています。残りの要約ではもう少し上達したいです。

金水敏(2021)「ポピュラーカルチャーのことば」『日本語学』第40巻第1号、pp.4-13(明治書院)

・要点

ポピュラーカルチャー作品に現れる言語の特徴を以下の5つの面で次のように考察している。

①言語スタイル…標準日本語が基本だが、情報(特にキャラクターの特徴や時代設定)を伝えるために、ヴァーチャル方言や「キャラ語尾」が使用される

②キャラクター…「役割語」の使用により表現される。リアルよりも性差の表現が強調される

③語彙・語法…リアルにルーツを持たない「キャラ語尾」がポピュラーカルチャーの中で発達している

④音声…話し手と聞き手の関係についてと、アニメ声の記述や特徴についてなど、新たな研究が求められる

⑤文字・表記…カタカナ表記によるキャラ表現が見られる

・役割語

社会的な集団に紐付けられたキャラクターのステレオタイプ的な話し方を「役割語」と呼ぶ。

キャラクターの消費が特徴のポップカルチャーにおいて、「役割語」を用い簡単に特徴を伝えている。さらに、「ずらし」によるキャラクター表現がよく見られる(女性が男性語を使うなど)

・キャラ語尾

現実にルーツを持たず、ポピュラーカルチャーの中で発達したキャラクターのとき右朝を表すものが「キャラ語尾」である。

さらにこれを次のように分けた。

・キャラ・コピュラ…「でござる」「でやんす」「なり」中国人を表す「アル」など

・キャラ助詞…動物が喋る際の「そうだにゃん」「行くワニ」、など

キャラ語尾については中国語や英語などにそのまま翻訳されるなど、統語構造の違いを超えて現れる現象ではないかと思われる。

〈感想〉

先行研究を多数あげ、ポピュラーカルチャーにおける「キャラクター」を特徴づける表現の中であまり研究がなされていない部分を明確にしていた。紙面の都合上、5つの側面での考察は1つ1つが短くならざるを得なかったが、問題点の導き方など夏のレポート課題の手本にしたいと感じた。

共感覚表現の転用傾向について―嗅覚と聴覚/視覚を中心に―

 こんばんは、昼ゼミ2年の山下です。最近の気温はとても微妙な感じなので、エアコンをつけるか否かが難しいところです。

 今回は、貞光宮城(2005)「共感覚表現の転用傾向について―嗅覚と聴覚/視覚を中心に―」『認知言語学論考』第5巻、49-78(ひつじ書房)を要約しました。

 この論文では、ある感覚領域を表す語が別の感覚領域に転用される、共感覚比喩表現の転用傾向について、特に嗅覚概念の特性と位置づけについて見直し、接近可能性に基づく新たな五感概念の階層性を提案している。

・共感覚比喩表現の転用の方向性には一定の方向があるとする先行研究Ullmann(1951)、山梨(1988)、 Shen(1997)で提案された階層性では、嗅覚概念が中程に位置付けられていて、例えば(1)a, b のように、嗅覚概念が聴覚/視覚概念の共感覚として採用されにくい理由を説明できないと指摘している。

(1)a) *香しい色

    b) ?香しい音

  • 筆者の提案…Shen(1997)の接近可能性に基づく階層性「触覚>味覚>嗅覚>聴覚/視覚」を再考した新仮説「触覚>味覚>視覚>嗅覚/聴覚」
  • 提案の前提、根拠

・Shen(1997)で提案された、一般的認知制約(より接近可能性の高い概念からそうでない概念への写像はその逆の写像よりも好まれる)を前提

・Shen(1997)の仮定した接近可能性の認知的要因、①感覚器官と知覚器官の直接接触の有無、②ある感覚を知覚するための特別な器官の有無に加え、新たに③「刺激源の同定可能性(知覚者が刺激の源を特定可能か否か)」を仮定

→分析の結果、嗅覚と聴覚概念の知覚者にとっての接近可能性は低いことが示されたため、Shen(1997)の接近可能性の階層性を修正し、新提案に至った。

  • 筆者案の実証

①嗅覚-視覚間での転用

(2)a) *香しい明かり 

b) *臭い色        

(3)a) 明るい香り 

b) 澄んだ香り 

c) はっきりした匂い  

⇒・嗅覚から視覚への転用は容認されにくい

・視覚から嗅覚への転用は容認されやすい(色相概念は共感覚として機能しにくい)

②嗅覚-聴覚間での転用

(4)?香しい/*香ばしい/*くさい 音

(5) ?うるさい/*やかましい/?静かな におい

⇒・転用の容認性に優位な方向性を見出せない

③視覚-聴覚間での転用

(6)澄んだ/ぼやけた/はっきりした/明るい/暗い 音

(7)*うるさい/*やかましい/?静かな 光

⇒・視覚から聴覚への転用は容認されやすい

・聴覚から視覚への転用は容認されにくい

1~3の分析から、筆者案であれば嗅覚概念が聴覚/視覚概念の共感覚として採用されにくい理由も説明可能であるとしている。

 この論文では、嗅覚概念をより接近可能性の低い、抽象性の高い概念として位置づけることで、従来の研究では説明が難しかった表現についての説明を可能にしている点が興味深いです。また、視覚概念からの転用で、色相概念は用いられにくいなどの容認度の差について、より最近の具体例も含めて検証してみたいです。また、料理の味を伝えたり、芸術作品を評価したりするときには、転用の方向を越えた共感覚表現が多くみられるように感じるので、そういったものも含めて調べていきたいです。

新語発生のメカニズム

こんにちは。夜ゼミ2年の矢内明莉です。
8月から教習所に通い始めたのですが、うまくいけば9月中に免許が取れそうでわくわくしています!

今回私が紹介する論文は
篠崎 晃一(1999)「新語発生のメカニズム」『日本語学』(明治書院)18巻5号 p.18‐24です。

1.新語発生の原理

(1) 混交
意味の類似している二つの表現が接触した時に両者が組み合わさって新語が発生する現象
(例) ヤブル+サク→ヤブク		ナガイ+シバラク→ナガラク

(2) 同音衝突
意味の異なる同音の語形が接触する現象で、衝突の結果混乱を避けるために新語が発生する場合がある。
スイカンベ(西部:酸葉)とスイカンベ(東部:音のしない屁)のうち、スイカンベ(東部)の分布領域が拡大
スイカンベ(酸葉)は新語形スイコへと変化

(3) 中間方言
既存の方言に共通語が接触し、在来の方言と共通語の中間形が発生する。
(例) 関西方言「書かへんだ」+共通語「書かなかった」→「書かへんかった」

2.	意識の関与

(4) 民間語源
語形変化の過程が不透明な場合に、民衆の語源解釈が働いて合理的な語形に変わってしまう現象。
「シャベル」を「先が広がっている」と解釈→「シャビロ」の誕生

(5) 誤れる回帰
言語変化で生じた方言形を元の共通語形に引き戻す意識が過剰に働き、元の共通語形を別の語形に直してしまう現象。
共通語:スズメ → 東北地方:シジメ
(東北地方ではシとスの区別がなく、スをシに変えて共通語形に直す意識がある)
	
(6) 造語意識の消失
コナイの強調表現「キワシナイ」→「キワセン」→関西方言「キヤヘン」
*音声変化の過程で本来の強調の意が薄れる
可能の用法として発生した「ら抜き形」が「カケレル」「ノメレル」などの新たな語形が生まれたのも、造語意識の消失が原因だと考えられる。

(7) 類推
関連性のある他の表現とのバランスを保とうという意識が働くことで新語が発生する場合がある。
 「ウツクシカッタ」「アカカッタ」→「チガウ」の過去形「チガカッタ」?
 (「違う」が形容詞的用法で用いられるため、「美しい」などの形容詞の過去形からの類推から発生)

3.新たな方言の発生
 生活環境の変化によって生じた新たな事象を表す際や、共通語ではその概念を一語で表現できない場合に独自の語形が発生する。
「チンする」:電子レンジが普及した際に発生
「コマツキ(近畿)」「ハマツキ(鹿児島)」:共通語「補助輪付き自転車」の各地での呼び名

4.自分の考え
 ら抜き形の発生について、本文中では造語意識の消失の項目で紹介されているが、可能表現と尊敬表現を区別するために生まれたら抜き形は、新たな言葉ではないが話者に何らかの意図があって生まれたものである。造語意識の消失といった消極的な意識から生まれたものだとは言えないのではないか。